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中華屋でいきなりブチ切れられた話。

こんにちは!

 

昨日、血抜かれすぎてフラフラになってましたhigashiです!

 

突然ですが、僕には行きつけの中華屋があります。

 

おじいちゃんが1人でやっていて、カウンター席しかない小さいお店です。

 

安くて量も多く、何よりスーパー美味しい。

そして、帰り際のじいちゃんの笑顔が素敵で通いつめています。

 

これは以前書いた介護体験の週に、友人と食べに行った時の話です。

 

(介護体験について読んでない方はどうぞ) 

www.y-higashi.com

 

一体この中華屋で何が起こったのか、、、!?

 

 

1.ことの流れ

 

いつもどおり、ごく普通に食事を注文して友人とその日の体験について話しながら食べていました。

 

席は満席。

待ちはなし。

営業時間もほぼ終わりの時間。(厳密な営業時間は設けられていない)

 

とにかく僕たちはその日の体験で感じたことをアウトプットし、共有しようと、話が止まらず、ずっと喋りながら食べていました。

(適切な声の大きさ)

 

さて、食事も終盤に差し掛かったとき、1人の常連のおばあちゃんがお持ち帰りで焼きそばを注文しに来店しました。

 

じいちゃんが料理作るのってびっくりするぐらい早いんです。

 

だからおばあちゃんも席は空いていませんでしたが、立って待っているという状況。

 

じいちゃんも、焼きそば2人前注文を受けたので、

両手で中華鍋2つを扱いながら凄まじい勢いで焼きそばを作っていました。

(冷静に片手で中華鍋振ってるのやばい。笑)

 

そして、僕たちも食事を終え、少し一息つこうとしました。

 

じいちゃんがせっせと焼きそば炒めてるのに水を指してお会計をするのは迷惑かなと考え、作り終わってからお会計しようと。

 

 

その時事件が起こったのです!!!

 

すみません、前置きが長くなってしまいました。笑

 

僕たちの対角線の席から突然怒号が飛んできたのです。

(席はL字型カウンターで7席程度)

 

以下。その内容です。

 

 

「お前ら、ご高齢の方が待ってるのに何してんだ。

 

ここを何だと思ってんだ。

レストランじゃないんだぞ。

 

喋ってんのお前らだけだろ。

 

ここは黙ってモクモクと食べる場所なんだよ。

 

話したかったら他のところ行け。

 

食べたらさっさと帰れ。」

 

と。

文字にすると迫力ないかもですが、これ終始店中に響く声の大きさで怒鳴ってます。

 

一言一句同じではないですがだいたいこのようなことを言われました。

 

食べ終わって、1分もしないうちに怒鳴られたんで、相当溜まってたんだと思います。

 

まあ簡単に言うと、僕たちは公衆の場で怒られたんですよね。

 

今どきの若いやつは!!みたいな感じで。

 

勘違いしてほしくないのは、もちろん僕たちも反省しましたし、

おばあちゃんを立たせて待たせてしまったのは本当に申し訳ないことをしたと思ってます。

 

気遣いの甘さが出てしまいました。

 

 

ただ、僕がこの話で問いたいのは、

 

「正義」ってなんですか?

 

ということです。

 

誰がどう悪いかとかそんなことを言いたいわけではありません。

 

これをもっと俯瞰して捉えたのです。

 

では次はその「正義感とは」について書いてみます。

 

2.「正義」とは。

 

僕の「正義」についての定義は、

 

「自分が正しいと思うことの型、価値観、ものさしのこと」

 

だと思うのです。

 

 

つまり、それはすべて「自分」が基準になっているものなのではないかと。

 

今回の中華屋の件で言えば、

 

お年寄りの方が待っているのに若いやつが何をまったりしてるんだという指摘を受けました。

 

では、その怒鳴り声を聞いた他のお客さん、ましてや、店主のじいちゃんはいい気持ちになったでしょうか?

 

僕たちは注意を受けてからすぐに帰りましたが、

その後のお店の「雰囲気」は良いものでしょうか?

 

もちろん極論は、僕たちがその人を怒鳴らせてしまったことが悪いのですが。

 

怒鳴り声が飛び交う店内では美味しいものも美味しくなくなってしまうと思うんです。

 

その人は「正義」のつもりでやったことが、

実は他の人に不快感を与えているとも考えられるのではないしょうか。

 

僕らの立場では到底言えることではないですが、

怒鳴るぐらいなら、その人が早く食べて店を出ることもできたわけです。

 

 

しかし、他のパターンも考えられます。

スカッとジャパンのように、僕たちに対して少なからず同じようなこと思っている人が店内に多かった場合です。

 

一人の人が勇気を持って注意したことでみんなスカッとしてたかもしれません。

 

ただ、この場合、おばあちゃんは座りにくいのではないかなと思います。

ありがたいことだけど、日本人的メンタルとしてです。

 

 

こう考えると難しいですよね、正義って。

 

では、この伝え方を変えた場合、どうだったでしょうか。

 

3.人への伝え方

 

僕は、自分が怒って、それを人にぶつけるという行為が理解できません。

 

なぜなら、自分の感情もコントロールできていないのに、人の心を動かすことなんて到底できないと考えているからです。

 

 

今回のように怒りのままに伝えられた「正義」なんてその場限りになってしまいます。

 

心に響かないんですよね。

本当にいけないことをしてしまった、次回もあの人に言われたことを思い出して気を付けようという風に。

 

そこには一方的な正義しか存在していないからです。

 

怒りの感情はたいていが自己満足です。

 

本当に相手のことを思って伝えるときはもっと別の伝え方があると思います。

 

「正義」の話に移すと、それは果たして、他人もじぶんと同じ正義を持っているとは限らないわけす。

 

前述したように、正義は自分のものさし、価値観であるからです。

 

人の心を動かすとか、人に思いを適切に伝えるって難しいですね〜

 

4.さいごに

 

これが、中華屋の件からかんじたことです。

 

つたない文章ですが、なんとか言わんとすることが伝わっていればいいなあと思っております。

 

あと、みんなの考えも聞いてみたいな。

 

あれ、僕ってこれ、ひねくれてる?!笑

そんなことないよね!?笑

 

どうか本質を汲み取ってくださいませ。

 

いい経験できたなあ。

 

日常全てをネタに!!笑

 

まとまりなくてすみません。

今日伝えたかったのは、「正義」ってなんだろうねってことです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

ではまた☻